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日本人が知らない幸福

20100113

日本人の幸福

『日本人が知らない幸福』(武永賢 著)

わたしはボートピープルだった―。サイゴンに生まれ、七回の亡命失敗の後に
合法難民として日本に移住。その後、言葉の壁や経済的苦境を乗り越えて医師
となった著者の目に、日本はどう映っているのか。蛇口をひねれば水が
出てくる、親子が一緒に暮らせる、健康保険が存在している…日本には
私たちが気づいていない数多くの幸福がある。波乱に満ちた人生を送ってきた
著者が日本を見つめる、優しくそして鋭い眼差し。
(amazon.co.jpより)

週末に読んだ本。
筆者はベトナムから難民者。
努力の末、日本で医者になった方である。

ともすると安全や自由を所与のものと思ってしまうなかで、筆者の言葉は心に突き刺さる。

「内戦と反乱が繰り返された祖国で生まれ育ち、苦しい脱出経験を経て、
また社会的弱者である難民の立場としてさんざん傷つけられ、痛めつけら
れた人生を送ってきた。だから(日本の様に)国民に権利を保障できる
社会がどれほどありがたいものなのか、理解している…」(P154)

そして、激動の人生を歩んできた筆者が神様に願うこと…

「もし願いが叶うのならば、一つだけ神様にお願いをしたい。
どんな運命でも受け入れられるような強さを持つ人間にしてほしい。」

たくましい…。

ベトナムというとTonyにも2つほど思い出がある。

1つは小、中学校時代にさかのぼる。

Tonyは当時、サッカーをしていた。
市内の強豪校に、サッカーが非常に上手い奴がいた。
その彼は、ベトナムからの難民者だった。
中学校に入り、市の選抜チームで一緒にプレーをするなかで
彼とも次第に仲良くなっていった。
サッカーは抜群にうまく所属した中学校でも全国大会に出場するレベル。
その後、スポーツ推薦で高校にも進学した。
言葉は少したどたどしいところはあったけど、ボールを一緒に追いかけて
いくうちに言葉の壁は超えられる。
非常にまじめで思いやりのあるやつでTonyは非常に好きな
サッカー仲間の1人だった。元気にしてるかな?

もう一つは、アメリカ駐在中の話。

アメリカにはベトナム系の方がたくさんいる。
会社のお昼時間になるとやってくるランチトラックも
ベトナム系の夫婦だった。

Lunch Truck
(ランチトラック)

同じアジア系ということで仲良くなり、色々話すようになった。
ベトナム時代のつらいい思い出も…。

このベトナム人夫婦の娘さんは日本に住んでいて、一度、この娘さんが
アメリカに遊びにきたことがあった。

そして、短い滞在期間にも関わらずご両親のランチトラックを毎日、手伝いに来ていた。

いつもは、アメ食系のメニューしかないなかで、娘さんの取り計らいで
「とんかつ」や「カレー」などのメニューも提供してくれた。

日本に住んでいることもあって、味付けもGoodだったな~。

そんな中、娘さんから日本に帰る前に一通の手紙を渡された。

これまでの感謝の言葉に続き、最後に
「これからも父と母を宜しくお願いします」
と綴られていた。

何度も書き直した跡があったりして、苦労して手紙をかいた様子が伝わった。

遠く離れて暮らす両親を想う気持ちがひしひしと感じ、涙なしには読めなかった。

今回の本を読んで、そんな昔の思い出がよみがえった。
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Tony

Author:Tony
管理人: Tony
アメリカのとある都市で駐在員生活を送る30代のサラリーマン
仕事の事、アメリカ生活などをアップデート⇒09年2月に日本に帰国。現在、横浜に住んでます!

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